1907明治40年
明石硝子店 創業
江戸時代から続く鍛冶職の九代目・金右門から、十代目・太蔵へ。太蔵は明治40年、明石硝子店を創業しました。建築用板硝子、光学硝子、特殊硝子の販売を始め、素材は鍛冶から硝子へ変わっても、加工し、形にし、現場へ納めるものづくりの系譜は、現在まで続いています。

江戸時代から続く鍛冶職の九代目・金右門から、十代目・太蔵へ。太蔵は明治40年、明石硝子店を創業しました。建築用板硝子、光学硝子、特殊硝子の販売を始め、素材は鍛冶から硝子へ変わっても、加工し、形にし、現場へ納めるものづくりの系譜は、現在まで続いています。

東京都水道局指定工場としてメーター用硝子の製作・納入を開始。続いて双眼鏡用レンズ及びプリズムの成型研磨を行い、戦時下の要請に応じて軍へ納入しました。
昭和19年3月、戦災により店舗・工場・倉庫を焼失しました。
明石實が事業を継承し、墨田区緑町で再開。昭和23年には営業所を移転し、工場を改築しました。
株式会社へ改組。明石硝子店から続いた仕事は、株式会社明石硝子工業所とユニオンガラスの二つへ分社化。ユニオンガラスは時計用サファイアガラスの製造を引き継ぎ、明石硝子工業所は大板ガラスを扱い、のちにアルミサッシ、店舗フロントへと仕事を展開しました。


明石哲也の急逝後、社員と家族が会社を守り、俊子、はるみへ承継。龍之介はLIXILでビルフロント営業を経験した後、会社へ戻りました。
店舗用アルミフロントを主軸に、サッシ、硝子、建具、排煙窓などを扱う多能工の会社へ。木造社屋を残しながら工場を改修し、NC加工設備を導入しています。


明石硝子店の入口引戸に納められていた、金文字の社名硝子。
社屋建替え時には事務所入口の木製建具へ。さらに現在の社屋改修では、フロントコンテスト受賞作のアルミフロントへ。建物と建具が変わるたび、同じ一枚を寸法から考え直し、三度納め直してきました。
最初に納められていた、旧店舗の木製引戸。


社屋建替え後、室内の木製建具へ移して再使用。




現在は、受賞サッシの中心となる硝子として三度目の建具へ。

